8月15日 終戦の日を迎えて
終戦から81回目の8月15日を迎えました。
8月6日広島 8月9日長崎と続いて、日本の祈りの日です。
戦争を知る世代の方々の存在は、
為政者への抑止として作用して下さっていますが、
いずれ、その世代の方々がいなくなった時、
抑止が働かなくなるのではないか、そんなことを危惧しています。
戦後生まれの政治家が、日本の戦争責任について問われた際に
「その時代に自分は生まれていないのだから、責任など問われるいわれはない」
と言い放ってしまっていることに
政治家として、というより、一人の人として、日本人として
人としての質に疑問を感じてしまいます。
私が幼いころ、まだ小学校の低学年の頃だったかと記憶していますが
サイパンの美しい海の写真を見て
「綺麗だなあ、サイパンに行ってみたいなあ」と呟いた時のことです。
普段は優しい母が、烈火のごとく怒りました。
「日本軍が南の島で、何をしたのか知っているのか?
皆、日本が戦争に負けて大変だったことばかり言うが、日本も相当酷いことをした。
サイパンや南の島へ、日本のしたことを謝罪に行くならまだしも、遊びに行きたいなど、私の娘なら二度と言ってはいけない」
幼い私には意味が全く分かりませんでしたが
成長するに連れ、次第にその言葉の重さが分かるようになっていきました。
戦後生まれの天皇陛下が、今も戦争の贖罪に心を尽くされていることを、
「責任など問われる筋合いはない」と言い放った方は、
どう受け止めておいででしょうか。
若い人たちの中には、日本がアメリカと戦争をしたことを知らない人さえ増えているのです。
これを若い人の不勉強・無知と片付けてはいけないのです。
「今は戦後ではない、戦前である」
と言っている方がいるという話を聞いて、
戦争を知らない私たちが、それをどう伝えていくのか、
どう為政者の抑止として作用するのか
問われているのでしょう。
