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アルツハイマーのE子さんとお嫁さん

[2015.08.06]

E子さんも明治生まれの女性でした。
某流派の茶道の先生で、その流派では相当な地位にある方でしたが、私が始めてお会いした時には既に、かなりアルツハイマーが進んでいました。

毎回、お嫁さんが一緒に診察について来て、日常の様子を話して下さいます。
診察室では、E子さん御本人とのお話は、まとまりを欠き会話にならない状態でしたが、お茶の先生は続けておられ、お嫁さんのお話で大体の日常の様子を伺い知ることが出来ました。

ある日、お嫁さんが思いつめた表情で、折り入って相談があると…
近くお家元主催のお茶会が予定されていて、それはその流派にとって非常に意味のある大切なもので、E子さんはその席で大変重要な役割を果たすことになっているのだけれども、辞退した方が良いだろうか…?

普段のE子さんの様子を聞くと、日常生活にも支障があるほどアルツハイマーが進んでいるにも関わらず、お茶の指導の時になると、きちんと着物を着て、背筋をピシッと伸ばし、別人のようにしっかりとした態度で指導をしている、とのことでした。

長年修養を積んできたことは、改めて考えなくてもその所作や動作を身体が覚えていて、自動的に出来るのかもしれない…と判断して、お茶会は辞退しなくても良いだろうとお伝えしました。
但し、お嫁さんが傍に付き添って、誰かと会話をする様な状況になったら、E子さんは一切受け答えをせず、全てお嫁さんが答えるように、と話しました。

そうは言ったものの、その流派にとって最も大切なお茶会がE子さんの失敗で台無しにならないか…
と思うと心配でたまらず、お茶会の様子を見に行きたいくらいでした。

お茶会の催された日から間もなく、お嫁さんとE子さんが外来へ来られました。
お嫁さんはすこし上気した表情で、実に立派な堂々とした態度で、見事に大役を果たし、所作の全てが整然として美しく、誰もE子さんがアルツハイマーであることに気がつかなかっただろう、と報告してくれました。

ホッとすると同時に、何とかやりおおせれば上出来と思っていただけに、予想外の好結果に、私も心底嬉しかったことを覚えています。
E子さんはこのお茶会を最後に重要な役職から退かれましたが、見事に最後の花道を飾ったのです。
明治の女性の底力を見た思いがしました。

私がお家元主催のお茶会にE子さんが参加することにGOサインを出したのは、お嫁さんのたっての熱意によるものでした。
お嫁さんは、長年のE子さんの労をねぎらい、何とかしてこのお茶会を成功させ、E子さんの茶道人生に最後の花を添えてやりたいと、心から願っていました。
私が判断したと言うより、お嫁さんの熱意がそうさせたのです。

明治生まれの舅・姑のいる家に嫁いでくるお嫁さんは、たいてい昭和ひとけた生まれの女性たちでした。
当時、通院されてくるお年寄りには、たいていお嫁さんが付き添って来られていて、その年代のお嫁さんたちは、実によく姑の世話をされていていることにしばしば感銘を受けました。
お年寄りも本当にお嫁さんを頼りにされていて、実の娘との関係にも勝るとも劣らないしっかりした信頼関係を築いている御家族を沢山見てきました。

嫁・姑の関係はとかく確執ばかりが強調されがちですが、信頼関係を築くのは双方に大変な努力が必要ですし、様々な葛藤の後に築きあげた信頼関係だろうとは思いますが、そのような素晴らしいご家族に沢山接することが出来たのは、幸運でした。

いつの頃からか、お年寄りにお嫁さんが付き添って来られることは、滅多になくなりましたが…。

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