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追悼・ピエール・トロワグロお爺ちゃん

[2020.09.25]

20世紀を代表するグランシェフ:ピエール・トロワグロ氏が亡くなられました。

 

数年前に、ひっそりとオーナーシェフの立場をご子息のミシェル・トロワグロ氏に譲り、

店に出ることはなくなっていましたが、最後まで人生を謳歌していらしたそうです。

 

氏との出会いは、20年以上前、

普通の客として、ロアンヌのメゾン・トロワグロを訪問した時のことです。

 

夕食の間、テーブルを廻って来たメートル・ド・テルに、何気ない挨拶のつもりで

「このソース、隠し味にショウガが入っているのね」と話したことがきっかけでした。

メートル・ド・テル氏、「いいえ、マダム、ショウガは入っておりません」

「あら、入っているでしょう」

「いいえ、入っておりません」

「そんなはずないわ、厨房に行って聞いてきて」

 

小一時間ほどして戻ってきたメートル・ド・テル氏、

「大変失礼致しました、マダム、ショウガを使っておりました」

 

フランスの三つ星レストランのデイナーは、4~6時間かかることは普通ですので

食事が終わるのは深夜、その日はそのまま就寝しました。

 

翌朝チェックアウトしようとしていたら、ピエールとミシェルが

まるで転がるようにフロントまで走って来ました。

 

「トロワグロには世界中からグルメなお客様がお出でになります。

でも隠し味にショウガを使っていることは、サービススタッフですら知らないことで、

それを見抜いたのは、マダムハナワだけです」

 

この時の出会いがきっかけで、

同年の秋、ピエール氏のご長男ミシェル氏と、当時中学生だったお孫さんのセザール氏を

京都にご案内することになりました。

京都の名店祇園さ々木や御茶屋にお連れし、祇園中がザワついていたとか。

二次会には京都中の一流料理人さんたちが大集合して、御茶屋の床が抜けるのでは?

と心配するほどの盛況でした。

 

またこの時の出会いがきっかけとなり、

金印わさびさんとトロワグロファミリーをおつなぎし

金印さんのフランス山葵栽培プロジェクトがスタートしました。

 

山葵の加工品を販売する金印さんにとって、

フランスでの生山葵栽培の技術指導をすることは、収益としては

まったくメリットのない事柄なのですが、日本文化の一つとして、

日本の食文化を伝えたいという当時の社長さんのご英断で

無償でフランスに技術指導のスタッフを派遣され、

今ではフランス産生山葵が、トロワグロを始め、一流レストランで使われています。

 

その後、新宿にあったレストラン・ミシェル・トロワグロ(2019年末閉店)や

ロアンヌのメゾン・トロワグロ、ウーシエに移転してからも数回、

度々フランスまで足を運び、最もたくさん訪問した三ツ星レストランとなりました。

 

早世したソースの天才と言われたご兄弟ジャンが若くして亡くなられた後

一人グランメゾン・トロワグロを背負って立つのは、並大抵ではなかったことと思いますが

苦労を一切感じさせない暖かみのある穏やかな物腰は、

店で働くスタッフにも、ご長男やお孫さんたちにも、

しっかりと伝承されていることが伝わってきます。

 

通常、一流レストランは、味のレベルを維持する為に

外部から一流シェフをスカウトしてくるのが通例ですが

トロワグロだけは、曾祖母、祖父・息子・孫へと技術が引き継がれ

家族経営だけで三ツ星を52年維持しています。

このような例は他になく、トロワグロ・ファミリーだけがなしえた奇跡なのです。

 

その奇跡の源は、なんと言っても家族愛、家族同士の信頼に他ならないでしょう。

息子が父を尊敬し目標とし、一方で反発し父の名声に苦しみながら、

葛藤しつつも自分のスタイルを作り上げていく努力を惜しまない息子の勇気と

それを許容する父の寛容さなくしては、なしえない奇跡なのです。

 

トロワグロ・ファミリーの素晴らしさは、その家族関係の素晴らしさにあります。

 

トロワグロを訪問すると

時にまるで幼い孫におじいちゃんが優しく言うように

「たくさんお食べ、お嬢ちゃん」と言ってくれたりして

トロワグロでの食事は素晴らしく美味しいのは無論のこと、

まるで実家に帰っておじいちゃんの歓迎を受けているような

暖かみのある安心感を感じさせてくれるものでした。

 

勝手にフランスのおじいちゃんのように感じていました。

 

ピエールおじいちゃん、もう会えないのですね。

お嬢ちゃん、と呼んでくれることもないのですね。

寂しくなります。

 

天国で、先に逝かれたフェルナン・ポアン、アラン・シャペル、ポール、ボキューズ、

ジョエル・ロブション氏等と、料理談義を楽しんで下さいね。

 

ご冥福をお祈り申し上げます。

 

 

 

 

 

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