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高潔な大使 D氏

[2015.08.07]

D氏は、某国の大使まで務めた、今では何かと風当たりの強い官僚のエリートでした。
官僚を定年退官した後、幾つかの企業の顧問を経て(今で言う悪評高い天下りの渡りでしょうか)
悠々自適の生活を送るはず・・・だったのですが、全ての役職を退いたのち鬱病となり、私が担当医として出会いました。

今でこそ、うつ病と言えば社会的にも認知され、心理的抵抗も少なくなってきていますが、当時はうつ病は勿論、あらゆる精神疾患に対する偏見が依然根強く、患者さんにうつ病であることを受け入れて貰うことの難しい時代でした。

D氏にうつ病であることや、治療の方針、今後の予想される経過等を説明したのですが、D氏は、毅然とした態度で私の説明を聞き、うつ病に陥ったことを静かに受け止められておられました。

医師の方が多くを教えられる患者さんというのが居ますが、D氏もまた、その一人でした。
上品な雰囲気、優雅な振る舞い、病を得て、それとどのように向き合うのか、と言った心構えの様なものを持っていらしたのか、うつ病や治療方針をめぐって質問はされるけれども、詰問されたり、副作用の訴えはあっても苦情になったりすることはなく、常に毅然とした態度には清々しささえ漂っていて、周りの雰囲気を暖かくしてくれる居ずまいに、治療スタッフの方が癒される様な趣さえあって、私はD氏が来院されることを内心ひそかに楽しみにしていました。

私が医師になりたての頃は、明治・大正生まれの患者さんも多く、私は彼らから実に多くのことを学びました。

彼らは、御自分の要望や希望、意見、質問等はしっかりなさいますが、決してクレームになることなく、穏やかに、しかし言うべきことはきちんと話されていました。
主治医が若い女性だからと、不安や不満を言われることもありませんでした。
相手の間違いや失敗にも、寛容さがありました。
「人としての態度」といったものは、その年代の方たちの方が数段上だった様に、思い出されます。

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