うつ病の増加と会社との関係
うつ病は何故増えたのか
うつ病の患者さんが増え、現在は減少傾向にあるとはいえ、自殺される人も一時は3万人を超えていました。
なぜこのような事態になったのか、厚生労働省も予算を割いて自殺対策に乗り出していますが、
有効な対策は見つからないままです。
私が医学部を卒業する頃、精神科医になると言うと「食えないから辞めろ」と反対され、
開業すると言えばやはり「食えないから辞めろ」と言われたものでした。
精神科はまったく人気がなかったのです。
今のようにメンタルヘルスがこれほど重要視される時代が来ることは、予想もできないことだったのです。
食えるか食えないかなど二の次の問題、精神分析をやりたい一心で精神科医になることを決心しましたが、
しかし最近では儲けたい(?)と言う理由で精神科を選ぶ医師もいると聞きます。
医師の仕事は、金銭的な側面だけで決めるべきではないはずなのですが・・・・。
いずれにせよ今の様な事態は、私が医師となった頃には予想も出来ないことでした。
うつ病の増加と会社との関係
うつ病の増加の理由は一つではなく、様々な要因が重なっているのでしょう。
人と社会との関係や、心の内面、身体の要因、等々・・・様々な角度から、
日々の臨床を素材に、考えてみたいと思います。
まずは、人と会社との関係、という側面から考えてみましょう。
従来の精神病理学は、メランコリックな性格の人がうつ病になりやすいと考えていました。
メランコリー親和型と言って、真面目で几帳面な人が多く、
大切な人を失ったとか、仕事を失ったとか、
何か大切なものを失うことが契機となってうつ病となるタイプです。
うつ病とメランコリーは切っても切れない関係のはず・・・でした。
しかし現代人の間では、メランコリックな人は少なくなっているにも関わらず、
うつ病になる人が増えているのです。
何故メランコリーではないうつ病者が増えたのでしょう・・・・?。
罪悪感型のうつ病
現代のメランコリーのないうつ病の患者さんの多くは、
仕事や人間関係のストレスからうつ状態となり精神科を受診されます。
メランコリーのないうつ病の人たちの話をよくよく聞いてみると、
彼らが職務を遂行する為に、実に様々な嘘やごまかしを強いられながら働いている現代の状況が見えてきます。
例えばあるSEの患者さんは、自分のプログラムが問題を抱えていて、
その問題を解決しないまま動かせば、いずれ重大な障害が発生するだろうことを予想出来ていながら、
その問題の解決には大変な手間がかかり、納期にも間に合わなくなるので、
上司から、客には最後まで事実を隠し、嘘をつき通すことを会社から指示され、
次第に客先へ行くことが辛くなり、ついには無気力状態となって、会社へ行けなくなってしまいました。
このような方々を少なからず診察しました。
彼等は会社を辞めるか、傷病手当金が貰える間、休職した後に、退職することも多く、
元の会社に戻りたいと言う人は多くはありませんでした。
他の業種でも、取引内容に問題があることを知りながら客に嘘をつく、
自分の評価を下げることになりかねない情報や会社に不利な情報は隠す、
ということを続けた挙句、仕事が出来なくなった人も沢山いました。
彼等はメランコリーを欠くうつ病者なのです。
罪悪感型のうつ病者、と言うべきなのでしょう。
嘘をつく悪循環
嘘をつく人は、相手も自分に嘘をついているのではないか、騙しているのではないか、
不当なことをして利益を得ようとしているのではないか、と人が信用できなくなります。
疑心暗鬼の負の連鎖が起こり、互いに探りを入れ、試し、騙し合う、という息苦しい状況を作ってしまうでしょう。
多くの患者さんと出会って思うことですが、人の心は整合性を求めるということです。
私利や欲得や自己防衛の為に心が整合性を保つことは困難ですが、
どんな人でも、無意識は整合性を求めているのです。
自身の良心に対して正直であること、嘘やごまかしの無いこと、
他者に対して誠実であることは、心に整合性を与え、人の心を安定させます。
しかし人を裏切り、嘘をつく心に整合性はなく、心の安定は望めません。
整合性を保ちながら生きることの難しさ
社会で労働と金銭を交換するという市場原理に従事しながら、同時に嘘やごまかしのない生き方を貫くのは、
現代では非常に難しくなってしまったのでしょう。
それにしても、仕事をするうえで、嘘やごまかしを求められるとしたら・・・。
心に整合性を得られない状況では、心は無気力になり、会社や上司の要求に反応しなくなるということで抵抗し、
良心を守ろうとするかも知れません。
嘘をつくことが日常化した罪悪感型のうつ病者が、唯一抵抗できる状態として、
無気力になる、それが現代型のうつ病の一形態態と言えるのかも知れません。
彼らのうつ症状は、悲しみや悲哀ではなく、無気力なのです。
メランコリックなうつ病患者さんたちが、一定期間休職すると会社へ戻っていくことが多いのに対し、
罪悪感型のうつ病患者さんは、傷病手当金が出る間ずっと休職を続け、その後退職される方が多く、
元の会社には戻りたくない、と言う方が多いのも、会社が安心して働ける場所としての機能を失い、
自分の居場所を提供してくれる、安心出来る環境ではなくなっているからなのでしょう。
自己の利益やお金の為に嘘をつく会社で、喜びを持って働ける人はあまりいないでしょう。
嘘をつくことや、相手が被る不利益を隠すことが、苦手な人の方が、人としては好ましいはずなのですが、
平気で嘘をつける人の方が、会社での適応が良く、評価されるとしたら・・・?
日本はいつからそのような道に入りこんでしまったのでしょう・・・?。
映画の「寅さん」は根強い人気があると聞きますが、寅さんやその周辺の人たちが、
「お天道様に対して恥ずかしくない生き方」を基本としているところに、多くの人が惹かれるのでしょう。
仕事の為に嘘をつく人も、本当は寅さんの様に、お天道様に恥ずかしくない生き方をしたいのではないでしょうか・・・。
自分・自社・自国に都合の悪い情報を隠すことによって間接的に嘘をつくことは、
企業が国際社会で競争していくには、やむを得ない側面もあるのでしょう・・・。
企業の情報が国益につながることもありうる現代では、致し方の無い側面なのかも知れません・・・。
しかし、都合の悪いことは隠して相手の不利益を顧みない、という生き方を良しとする限り、
罪悪感型のうつ病者は減ることはないでしょう。
国際競争、生き残り、勝ち組・負け組という暴力的な価値観に覆われ出したころ、
日本はメフィストフェレスの誘惑に負けたのです。