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馬場禮子先生 乾吉佑先生

[2023.09.12]

若い頃、何人もの方から、「塙は馬場禮子先生の若い頃にとてもよく似ているね」と言われたものでした。

 

当時、馬場禮子先生は、小此木啓吾先生と一緒に、日本に力動論を導入し、ロールシャッハの芸術的なまでの継起分析を確立されてから20年以上が経過しており、精神分析学学会の重鎮の中の重鎮、女性研究者の少ない時代にあって、学者として大成され、舌鋒鋭く、その芸術的なまでの解釈は、東の馬場禮子先生、西の斎藤久美子先生(京都大学名誉教授)と、並び表され、各界の理論派から一目も二目も置かれる、特別な存在でした。

 

若い頃の私はただ「凄いな」と憧れるだけの、仰ぎ見る存在でした。

その馬場先生に似ていると言われて、光栄な反面、「似ている訳ないのにな」と複雑な思いでいましたが、似ていると言われると、何となく勝手に親しみを感じていたし、馬場先生からの斎藤先生からも、日本の学問の世界の2大女傑から何故か可愛がって頂いて、本当に多くを学ばせて頂きました。

 

小此木啓吾先生、馬場禮子先生と、希有な才能が活躍した時代に、直接学ぶことが出来たことは、本当に幸運だったと思います。

 

馬場禮子先生は、私を育ててくれた恩人の一人です。

小此木啓吾先生が学問上の父なら、馬場禮子先生は学問上の母のような存在でした。

 

馬場禮子先生は、某老舗企業の創業家に生まれ、何不自由ない生活の中で生育されましたが、成人してからはセレブなマダムになる道を選ばず、その世界とはきっぱりと一線を置いて、学問の世界に身を投じ、多くの業績を残されました。

 

(余談ながら・・・

恵まれた家庭に生まれ、あるいは運良く、将来を約束されたセレブな家庭の夫の元に嫁ぎ、父親や嫁ぎ先の財力や社会的地位を、まるで自分そのものであるかのように、夫の社会的地位が自分の地位であるかのように誇としているセレブなマダムたちが沢山いることを知っていますが、馬場先生はそのような生き方は選ばれませんでした。

馬場禮子先生にお仕事を依頼すると、「年寄りを引っ張り出すのは辞めてよ-」

と仰りながら、いつも期待以上のことを成し遂げて下さるのでした。

私の目標、私の憧れの女性でした。

女性研究者として、確かなモデルとして、存在しておられました。

 

 

乾吉佑先生

いつも穏やかな柔和な表情で、どんな仕事にも誠意を持って取り組まれることの重要性を説いておられました。

学会場でお目にかかると、はるか遠くからでも、ニコニコ笑顔を送って下さって、丁寧な挨拶を送って下さるお姿が、目に浮かびます。

乾先生の笑顔を見ると、本当に心が和み、ほっとしました。

凡庸な自分が、人3倍努力して、実力以上の力を発揮出来た、楽しかったー、と謙虚な最後のお言葉を残して逝かれました。

 

9月には

小此木先生が逝き

父も母も9月に亡くなりました。

そして、今年の9月、馬場先生、乾先生・・・

 

大切な方々が、皆9月に旅立たれ、9月は私に取って追悼の季節です。

 

馬場禮子先生、乾吉佑先生、心からご冥福をお祈り申し上げます。

これまでのご厚情、ありがとうございました。

 

 

 

 

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