高潔な大使 D氏
私が30歳前後の頃、主治医として治療をした患者さん、D氏は、某国の大使まで務めた、エリート官僚でした。
官僚を定年退官した後、幾つかの企業の顧問を経て(今で言う悪評高い天下りの渡りでしょうか)悠々自適の生活を送るはず・・・
だったのですが、全ての役職を退いたのち、鬱病となり、私が担当医として出会いました。
今でこそ、うつ病と言えば社会的にも認知され、心理的抵抗も少なくなってきていますが、
当時はうつ病は勿論、あらゆる精神疾患に対する偏見が依然根強く、
患者さんにうつ病であることを受け入れて貰うことの難しい時代でした。
D氏にうつ病であることや、治療の方針、今後の予想される経過等を説明したのですが、
D氏は、毅然とした態度で私の説明を聞き、うつ病に陥ったことを静かに受け止められておられました。
医師は、医学部を出たとはいえ、一人前の医師として独立するまでには長い経験を必要としますが、
その修行の途上で、医師の方が患者さんから多くを学ぶ、印象に残る患者さんというのが居ますが、
D氏もまた、その一人でした。
上品な雰囲気、優雅な振る舞い、病を得て、それとどのように向き合うのか、と言った心構えの様なものを持っていらしたのか、
うつ病や治療方針をめぐって質問はされるけれども、詰問されたり、副作用の訴えはあっても、決して苦情にならず、
常に毅然とした態度には清々しささえ漂っていて、周りの雰囲気を暖かくしてくれる居ずまいに、
治療スタッフの方が癒される様な趣さえあって、私はD氏が来院されることを内心ひそかに楽しみにしていました。
ご自分の要望や希望、意見、質問等はしっかりなさいますが、決してクレームになることなく、
穏やかに、しかし言うべきことはきちんと話されていました。
主治医が若い女性だからと、不安や不満を言われることもありませんでした。
相手の間違いや失敗にも、寛容さがありました。
私が医師になりたての頃は、明治・大正生まれの患者さんも多く、私は彼らから実に多くのことを学びました。
「人としての態度」といったものは、その年代の方たちの方が数段上だった様に、思い出されます。
あの美しい方々の姿勢や態度を懐かしむと同時に、今の時代に失われつつあることに、寂しさを感じてしまうのは、私だけでしょうか・・・。