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診断基準の誤りと功罪

[2015.12.21]

現代の精神疾患の診断には、世界標準の診断基準と言うものがあって、DSM-IVやICD-10と言った診断基準が世界的に使われています。
これは、○×式の項目が幾つか並んでおり、そのうち何個以上あてはまったら「うつ病」「パニック障害」「不安障害」等々と診断して良い、というものです。

つまり表面に現れた症状だけを見て診断していくことになるのですが、この診断基準による診断が、様々な問題を引き起こしています。

診断基準の項目に照らし合わせさえすれば診断が出来る、何といっても世界基準なのだから、それに従っていれば、誰にも批判はされない、簡単、簡便、お手軽、難しい理論もない、とあって、診断基準はあっという間に世界中に広がり、人は易きに流れるのは医師といえども同じこと、多くの医師は難解な精神病理学や精神力動論を、学ばなくなってしまいました…。

精神病理学や精神力動論を念頭に置きながら重層的に診断をしていく、というのは、名人芸の様な思考を要求されるので、長年の修行と、時には哲学的思考を要求される、とても難しい作業です。

新型うつ病と言われる若い患者さんたちの中には、無気力や、やる気のなさの原因がうつ病ではなく、栄養障害から起こっていることが少なくありません。

しかし、精神病理学や力動論、生化学的な理論を念頭に置かずに診断基準だけで診断をしようとすると、原因や病理は問わないので、栄養障害から無気力状態、やる気がない状態に陥っているのにも関わらず、その状態が2週間以上続いたらうつ病と診断されてしまう、という状況が起こってしまうのです。

言うまでもないことですが、精神疾患は診断基準だけで簡単に診断できるものではありません。

診断基準が無かった頃、同じ患者さんに、診察した医師によってそれぞれ違う診断名がつけられることも珍しくはなく、また国による文化差もあり、精神科の診断は混乱しがちで、そのような混乱を無くそう、世界共通の指針を作ろう、ということから診断基準が制定されたのです。
しかし、人の精神内界のように目に見えない、容易には理解し難いものだからこそ、どこに光を当てるのか、どの現象にフォーカスするのか、によって見え方が違ってくるのはむしろ当然で、その矛盾を排除しようとしたところから、現代の精神医療の進むべき道が大きく歪められてしまった・・・と考えているのは、私だけでしょうか・・・?

医師の間の世界共通語とも言うべき診断基準が制定されたことの意義は大きいのですが、殆どの大学・医学部が、難解な病理学や力動論を教えなくなり、教えられる指導者も今では極めて少なくなってしまったこともあり、次第に簡単で教えやすく理解しやすい診断基準を率先して教えるようになり、診断基準一辺倒に偏っていってしまいました。

診断基準を使いつつ、一方で精神科診断学・精神病理学による思考を維持していく、という複眼視的思考を堅持することなく、診断基準優位になりつつある医療が、人を幸せに出来るのでしょうか・・・?

多くの優秀な頭脳を持っているはずの若い医師にとって、簡単で簡便な物差しに過ぎないものの使用で、その優秀な頭脳は満足出来ているのでしょうか・・・?

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